TAJIHM の 兵庫の山めぐり <中播磨編 
 
初鹿野山  はしかのやま 507.6m
 
奥山       おくやま 574.9m
 
 
1/2.5万地図 : 粟賀町 市川町・神河町
 
【2003年3月】No.1 2003-24(TAJI&HM)
 
    《初鹿野山》 西向かいの大河内町側より 2003 / 1 《奥山》 小畑川の最奧にある池より 2003 / 3

 笠形山から南西へと延びる尾根は小世山で一つのピークを作ると、後は高度を徐々に下げて、最後に初鹿野山から一気に市川へと落ち込む。この最後の山となる初鹿野山を市川対岸の尾根から眺めると、さながら独立峰のごとくすっきりとした姿で眺められた。地図を見ると南へと長く続く尾根は高低差も少なく、しかも破線路が描かれている。初鹿野山を登るのならこの尾根が一番気楽に歩けるではと思えて、2003年3月の末に訪れた。尾根に取り付くには破線路の始まりとなる市川側からとも考えたが、下山コースを考えて東側となる小畑集落側から登ることにした。
 市川町の小畑集落を抜けると道は二手に分かれるが、西側の車道を進んで最後の集落となる西小畑に入った。その集落内にある八重畑神社の前に駐車とした。神社は奥へと通じる車道からは少し離れているため、その道に戻って北へと向かった。車道はすぐに林道となって小畑川沿いを続いていたが、長くも歩かず大師池のそばに出た。池は改修されたばかりのようで、新しさがあった。その池の脇より期待通りに小径が見えたので、それを辿って行くことにした。小径は西の尾根に向かうもので、支尾根には付いておらず、谷筋に続いていた。造林作業用の道かと思えた。道は緩やかに続いていたが、谷の奥詰めで不確かになったため、左手の斜面に取り付いて、主脈の方向へと適当に登って行った。雑木に掴まりながら登って尾根に近づくと、尾根に着く手前で別の山道と出合った。それを辿ってみたところ、その小径は尾根には向かわず別の方向に下り出したので、改めて雑木の中を尾根へと登って行った。ほとんど尾根に近い位置まで来ていたので、ごく僅かな時間で尾根に出た。そしてすぐに小さなピークに着いた。おそらく388mピークではと思われた。そこに着いてはっきりとした尾根道を見た。真っ直ぐ初鹿野山へと向かっている。その尾根は本当に緩やかで、歩き易かった。駆け足でも出来そうに思えた。ただ周囲は雑木が取り囲んでおり、展望は良く無かった。ときおり前方に小枝を通して初鹿野山が眺められるだけだった。その雑木の尾根だが、松の木が多いことに気が付いた。尾根道には白ヒモも張られていたので、どうやらこの一帯はマッタケ山のようだった。ここも含めてどうも笠形山の南の地域にはマッタケ山が多いようなので、秋には遠慮すべき地域かと思えた。歩き易いままにどんどん歩いて行く。422mピークを越えて下りとなったとき、やたらと空き缶が目立った。先ほどの388mピーク辺りでも空き缶を見たので、どうもマナーの悪い人が多いのではと思えた。やがて登り坂となり、初鹿野山の山頂が間近となったとき雑木林を抜け出した。その辺りは西斜面が伐採されており、その後の植林もまだ幼木の段階だったので、広々とした展望が現れていた。その風景に誘われるように足を止めた。市川流域の平野部を挟んで、西向かいの山並みが一望だった。七種山から大中山にかけての山並みが明るい空の下に拡がっていた。ただ植林地に入ってからは山頂まで、急斜面の登りが続くことになった。防鹿ネット沿いに登るのだが、足下にはイバラが多くあって少々やっかいだった。とにかく手こずりながらも山頂に出た。そこは植林地であったが、西へと三角点を求めて歩いて行くと、辺りは若い植林となり、その中に三角点はあった。そこに着いて思ったのだが、遠くからこの眺めているときはけっこう伐採地が広がっているように見えて、さぞかし展望の良い所ではと想像していたのだが、いざ着いてみると植林がそこそこ育っており、そうすっきりとした展望でも無かった。三角点のそばからはその植林の切れ目を通して、小世山へと続く北向かいの尾根が眺められたが、見える範囲は広くはなかった。木に登ったり位置を変えたりして、東向かいの奥山や北西方向に入畑山を何とか眺めることが出来た。その視界はこの日の強い風のおかげで、けっこう澄んでいたのは良かった。南の方向も眺めようと防鹿ネットを越えると、そちらの植林も伸びてきており、他の位置よりも少しは広く眺められるものの、日光寺山辺りが見える程度で、木立がどうしてもじゃまな感じだった。好展望を求めて西へと移動してみたが、結果は今一つだった。南の方向に関しては、昼どきとなってモヤの強い視界に変わっていた。こうして展望を求めたり、またのんびりと昼休憩をしたりで、初鹿野山の山頂では一時間半ほどを過ごしてしまった。そこで奥山へと向かい出したのは、もう13時が近い時間になっていた。そちらの尾根には細々と踏み跡はは見えたが、灌木が茂っていたり、また伐採後に草深くなっていたりで、決して歩き易いとは言えなかった。ただ伐採跡では北の尾根が眺められたし、夜鷹山の見える位置もあった。歩き易くなったのは鞍部を越して奥山が近づいた辺りからだった。落ち着いた雑木林となり、樹間も空いていた。坂の傾斜もきつくは無く、気楽な感じで登って行けた。初鹿野山から30分ほどで奥山に着いた。そこは山頂と言うよりも尾根の一ピークと言った感じで、さほど広くもなかった。山頂は遠くから見ると厚く樹林に囲まれたように見えていたが、着いてみると樹林はさほど密では無く、特に東側は所々空いており、その切れ目を通して左手に小世山が、その右手には笠形山が山頂部を覗かせていたが、それでも距離が近いだけに十分な存在感があった。正面には東向かいの563mピークも見えている。その眺めでは物足らず木に登ってみると、ほぼ満足の得られる展望となった。予定ではこの奥山からの下山として、尾根なりにずっと南へ下って行く予定であったが、時間は15時が近くになっていた。そこで最短距離で小畑川源流部のため池へと下りることにした。やや急傾斜の尾根を下って行くのだが、意外と木立は疎らで下生えも少なかったので、ごく無難な感じで下って行けた。下る途中で岩のせり出した所があり、そこはちょっとした展望地になっていた。この奥山からようやく初鹿野山が眺められることになった。そして南西遠くには七種の山並みも広がっていた。そこを過ぎてから傾斜はきつくなったが、掴まる木が多くあったので、それに掴まっての下りだった。最後は尾根筋がぼやけて適当に下ることになったが、下りきると予定通りにため池の近くに出た。そのため池は最奥にあるだけにごくひっそりと佇んでいる雰囲気で、背後の奥山と共に一幅の絵を見る思いだった。そこからはもう林道が始まっていた。暫く歩くと二つ目のため池が現れ、そして次の池が大師池だった。
(2003/4記)(2010/3改訂)(2019/3写真改訂)
<登山日> 2003年3月29日 9:44八重畑神社スタート/9:53大師池/10:23[388m]ピーク/10:38[422m]ピーク/11:23〜12:58初鹿野山/14:24〜52奥山/15:28沢に下り着く/15:55大師池/16:10エンド。
(天気) 朝のうちは薄曇りから薄晴れの天気だったが、徐々に回復して、昼にはほぼ晴天となった。雲もほとんど見られなかった。但し空の青さは少なかった。気温としては低くは無いのだが、尾根では北風が強く、冷たさもあって肌寒さを感じた。ただ風の来ない南斜面では陽射しが快く、十分に春の暖かさだった。淡い空にもかかわらず、風がチリを吹き払ったのか、視界は悪くなかった。
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尾根歩きとなって前方に初鹿野山が見えてきた 初鹿野山がけっこう近くに見えるようになった 山頂付近はまだ幼木の植林地だった
幼木の広がる植林地からは、南西に向かって展望が広がっていた 左の写真に写る大中山を大きく見る
初鹿野山の山頂に着いて登ってきた南の方向を見た 七種山を大きく見る
上の写真の日光寺山の方向を大きく見る 初鹿野山の山頂からは小世山の尾根がすっきりと眺められた

(←)
笠形山が山頂だけ
覗かせていた


 (→)
  位置を変えると、
  上の写真の左手が
  今少し眺められた


木に登ると小世
山の右手となる
東方向に、奥山
がすっきりと眺
められた


奥山を大きく見

初鹿野山を離れて奥山へと向かって行く 途中の展望地より北の風景を眺める

(←)
奥山が近づくほど
に西の方向が眺め
られた


 (→)
 奥山の三角点は傷
 一つ無かった
奥山の山頂から笠形山を見ると、半分ほど姿を現していた 笠形山の山頂を大きく見る

(←)
この岳の尾根を
見る


(→)
下山時に出会っ
た展望地では初
鹿野山が眺めら
れた