安全山の名を見てまず思うことは、山名と言うのは回りの雰囲気やその姿、また村落との関わりや歴史と結びついてこそ味わいが出るのに、その何とも普段の生活に密着した名前に接すると、戸惑うと言うか山のイメージと結びついて来ない。その山名論は別として、この安全山は旧氷上町にあっては目立つ存在である。まず山頂に並ぶ電波塔群が目印になっており、そして南麓には丹波市の中心部(旧氷上町成松)が広がっている。その町のどこからでもすぐに目にする山である。この安全山に関心を持ったのは、1993年11月に五台山に登った折りのことで、比較的気楽に登れる山が多い丹波にあって、この五台山は苦労して辿り着いた。(五大山から縦走で五台山へと。)その苦労の末に山頂でまず目にしたのが電波塔の多く立つ安全山だった。そしていつの頃からか、この安全山から逆に五台山を眺めてみたいとの気持ちを持ち続けていた。実行したのは2005年6月初めの雲の多い日。どのコースで登ろうかと考え、山頂まで続く車道歩きではもの足りないだろうと、そこで安全山の南西にあるもう一つの三角点ピーク(タカクラ)と組み合わせて尾根歩きを楽しむことにした。神崎郡から加美町、中町と抜けて丹波市に入る。丹波市役所が近づくと、安全山もタカクラもすっきりとした姿を見せてきた。駐車地点は安全山から南に延びる尾根の端にある大崎神社の広場とした。まずは安全山山頂に通じる林道を目指して、住宅地を抜けて山すそ道を歩いて行った。山すそ道が林道へと繋がるのだが、その林道の入口にあるゲートは開いたままになっていた。どうやら車でも山頂に行けるようだった。最初の目的はタカクラなので、タカクラの尾根に取り付き易い所まで林道を歩くことにした。やや急坂で林道は続いており、次第にタカクラの尾根と標高差が縮まって来た。間にあった沢も細流となったので、その沢を渡って左手の山肌に取り付いた。林道には点々と電柱が立っていたが、ちょうどNo.44電柱の位置だった。山肌を適当に登って尾根へと考えていたのだが、すぐに小径に出会った。その小径は登ってきた方角の南の方へと延びていたが、そのまま辿るとすんなりと尾根に着いた。そして尾根には適度な山道が付いていた。また涼しげな風にも出会った。緩い尾根は雑木に覆われており、松の木が目立った。足元には枯れ松葉が積もっており、松ぼっくりも多く落ちている。いかにも丹波の山を歩いている雰囲気だった。尾根に出てからは涼しげな風にも出会い、気持ち良く登って行く。ただ少しクモの巣が煩わしかった。少し坂がきつくなって、そこを登り切るとタカクラの山頂だった。林道を離れて37分での到着である。そこは狭く、中央に四等三角点、回りは雑木がすっかり囲んでいた。その木立の隙間から安全山の山頂や南西の山並みが僅かに覗くだけだった。ただ登り頃の木が三角点の近くにあり、その先には高い木が見られない。そこでその木に登ってみると、予想外に素晴らしい展望が広がっていた。南には間近に弘浪山から白山、そして西に目を向けると笹ヶ峰から竜ヶ岳の尾根がすっきりと広がっていた。もう十分な展望だった。このタカクラの位置がよく分かったところで、いよいよ安全山に向かう。尾根道は引き続き続いており、歩き易かった。また尾根には点々と黄色い境界杭が打たれていた。鞍部では笹が広がったが、登り返すとまた松の木の多い雑木林となった。70mほど登って452mピークに着くと、尾根は向きを東に変えて緩やかな登り道となり、やがて平坦路と変わらない緩さになった。辺りが伐採の跡地のような所となって一帯が明るくなり、そこを過ぎて少し高くなった雑木林に入ると、そこに三角点を見た。ただそこは三角点で安全山山頂と分かるだけで、木立が取りまく平凡な雰囲気だった。そこを通り過ぎて道なりに進むと電波塔群が現れ、その一つの電波塔を囲むフェンス脇を下って行くと、車道に下り着いた。そして僅かな距離で車道終点となる広場に出た。その広場を見ての第一印象は、ゴミで汚いということ。山頂に求める第一条件はゴミの無いことと考えているので、少々幻滅だった。どうも山頂まで車で来られる山は全てと言ってよいほどゴミで汚れているのは、嘆かわしい現象である。またこの広場には安全祈願の立て札や記念碑も見られたが、地肌のむき出した広場ということもあって、あまり山上にいる雰囲気は無かった。ただ南のすみに安全地蔵があったのは良かった。これ一つで十分なのにとの思いで、その安全地蔵のそばのベンチで一休みとした。この頃には淡い青空の見えた空はすっかり曇り空に変わっており、北の空には黒雲も広がっていた。何やらカミナリの音も聞こえて来た。この曇り空の下でしかも薄モヤがかった視界のため、山上から見える風景は、まるで墨絵のようにモノトーンになっていた。ただ、これも悪い風景では無かった。一休みしたところで、この山上からの展望に目をこらした。格別展望の良い広場では無かったが、南東には向山から清水山の尾根、その左に五大山が見えていた。目的の五台山は記念碑のそばから見ることが出来たが、少々木立に視界を妨げられた。そうして展望を楽しんでいるうちに、次第に上空まで黒雲が広がり出し、そして雨がぽつりと降って来た。それをしおに下山とした。下山は駐車地点に近づこうと、山頂から南東方向に延びる尾根を下ることにした。その方向にある電波塔のそばから小径が始まっており、それを辿って行く。その道筋には点々と電柱が立っており、どうやらその電柱のための切り開き道のようだった。雨はすぐに止んでくれたので、天気の悪化しないうちにと休まず下って行く。小径はときに歩き易く、ときにシダヤブ道になったりしながらもずっと続いていた。その道なりに下って行くと、麓に近い所で道は不確かになった。ただもう民家のそばまで来ており、適当に山から抜け出して車道に出ると、そこに神姫バスのバス停「田中口」を見た。後は車道を歩いて大崎神社を目指して戻って行く。そして神社に着くのを待っていたかのように雨が降り出した。そして本降りとなった。
(2005/6記)(2018/3改訂)(2020/3改訂2) |