TAJIHM の 兵庫の山めぐり <北但馬編
 
法沢山    ほうたくさん 643.4m 京丹後市(京都府)
豊岡市
 
1/2.5万地図 : 須田
 
【2009年5月】 No.2 2009-54(TAJI&HM)
 
    神美トンネルの近くより  2009 / 5

 2009年5月連休の後半はすっきりとした天気は望めそうもなかったため、近くで新緑の山を楽しむことにした。そこで久しく登っていない但馬の山を考えたときに、法沢山と高竜寺ヶ岳が思い浮かんだ。但馬の東部は京都丹波の一角に突き出しているが、その県境尾根で目立つのがその法沢山と高竜寺ヶ岳だった。どちらの山も久しく登っていなかったが、二つ共に印象は悪くなかった。ただ登り甲斐のあったのは法沢山と記憶しており、連休中でもありじっくり時間をかけて登ろうと法沢山に行くことに決めた。そのじっくりと登るコースは前回の1995年と同様に、京都との県境尾根を歩いて駒返峠を通る周回コースで登ることにした。
 5月5日の朝はなぜかモタモタして、姫路の自宅を離れたときは8時を過ぎていた。但馬は瀬戸内側からだとやはり遠く、出石の街並みを抜けて法沢山西麓の集落、奥小野に入ったときは11時が近い時間になっていた。周回コースのことを考えて、駐車は駒返峠方向への林道が分岐する地点の近くにすることにした。ちょうど2台分の駐車スペースが見えたので、そこに車を止めた。この日の空は薄曇り。一帯には棚田が広がっており、田植えを終えたばかりのようで満々と水を湛えた棚田に苗が整然と並んでいた。その風景を後にして駒返峠方向への林道を歩き始めた。林道は平坦な道で続いており、道そばではタニウツギやフジが満開の見頃を迎えていた。山中に入ると始めは植林の風景だったが、雑木林も見られるようになると、その新緑がまぶしく感じる美しさだった。林道が終わって山道となり上り坂となった。そのまま地図にある谷筋の破線路を進んで行くつもりだったが、程なく林道に合流した。真新しい林道で、削られた面が荒々しかった。その林道がどこから来ているのか分からなかったが、駒返峠方向へと続いているように見えたので辿って行くことにした。けっこう急坂で東に向かっており、そのまま尾根を越すのかと思え出したとき、突然終わってしまった。まだ作りかけの途中のようだった。結局林道は10分ほどしか歩かなかったことになる。そこから地図の破線路を辿ろうとすれば谷に向かってけっこう下ることになるので、左手間近に見えている尾根に上がり、その尾根で県境尾根に出ることにした。ほんのひと登りで尾根に出ると、クマザサが疎らに生えていた。後は尾根なりに北に登れば県境尾根だった。今回は駒返峠から県境尾根を歩く予定だったが、何のことはない、14年前にも登ったルートをほば踏襲することになってしまった。その14年前の記憶は薄れていたが、けっこうクマザサのヤブコギをしたはずだった。それが同じくクマザサが尾根を覆ってはいたものの、疎らとなっており半分は枯れかかっていた。押し退ければポキポキと折れるものも多かった。そのためヤブコギと言えども軽めのヤブコギだった。尾根は自然林とクマザサで、自然林にはアカマツが多いようで足下に松葉がいっぱい落ちていた。途中で木々を通して県境尾根の見える所があり、その尾根の先に法沢山山頂がちらりと覗いていたが、まだまだ距離があった。県境尾根までは20分ほどの登りで、県境尾根に出るとそこは標高450mほどの地点だった。ちらりと見える東の風景は空と同様に少しモヤがかって見えていた。まずは駒返峠へと下って行く。県境尾根は涼しい東風が吹いており、その風を受けながらそこでも枯れかけのクマザサを分けて行った。15分とかからず駒返峠に着くと、そこには二体の石仏が並んでおり、優しい顔で出迎えてくれた。峠はちょっとした風情があり、石仏にも落ち着きが感じられた。その石仏の文字を読むと、一体は元治二年でもう一体は明治七年と読めた。130年以上を並んでこの峠を見ていたのかと思うと、ちょっと感慨深かった。その駒返峠からは山頂までずっと上り坂が続いた。尾根を登り出すと、そこからは尾根に沿って害獣避けネットが張られていたが、ほとんど地面に落ちてしまっており役に立っていなかった。そのネットだがそこで悲惨なものを見てしまった。牡鹿がネットにツノを絡めてしまって身動き出来なくなり、死に絶えた姿だった。強烈な悪臭を放っており全身ハエにたかられていた。その死体が一体だけで無く、さほど離れず二体も見ることになった。そのことを除くと、じっくりと尾根登りを楽しめると言えそうだった。尾根のクマザサはほぼ枯れており、足の妨げにはならなかった。替わってイワカガミが目立つようになってきた。花はほぼ終わりかけのようでちらほらとしか見かけなかったが、今少し早い時期に登っておれば花盛りが目に出来ていたようだった。また若木のアセビがあちらこちらに見えていた。それと反対にクマザサはすっかり枯れてしまっている所も見られた。どうやらクマザサが消えてアセビの尾根へと替わろうとしているようだった。そのこととは関係なくアカマツが相変わらず多くあり、その松葉が地表を隠している所もあった。山頂が近づくと自然林の尾根は新緑が一段と見頃だった。ブナも混じっており、その淡い緑が何とも目に優しかった。薄曇りでいっそう緑が鮮やかに見えているようだった。その良い雰囲気のまま山頂に着いた。歩き始めてから2時間半経っており、この標高にしてはやはり登り甲斐があったと言えそうだった。山頂は狭いながらもけっこう開けており、南の方角こそ雑木に閉ざされていたが、その他の方向はまずまずの展望があった。ただこの日の視界はうっすらとしており、風景は白っぽい見え方で良くは無かった。それでも北には久美浜湾、西は近くは豊岡盆地、遠くは蘇武岳の尾根がうっすらと見えていた。東に見る高竜寺ヶ岳はいつ見ても良い姿だった。その山頂にもクマザサが僅かに残っていたが、ほぼ枯れておりいずれは消えるものと思われた。午後の山頂は他に誰もおらず、パートナーと二人してベンチに座り、のんびりとこの山頂を楽しんだ。下山は北西尾根に付いている登山コースを下った。始めに急坂が続いたが、ロープが張られており、それを頼りに下って行った。周囲に広がるブナ林は県境尾根よりも見事で、その新緑に包まれての下山はこの季節ならではの快さだった。その尾根にもアカマツが多くあり、松葉が積もっていた。急坂は標高差で100mほど続いたが、その後は一気に緩やかになり気楽な下りとなった。その歩き易さにどんどん下ると、30分で登山口に下り着いた。そこまで林道が延びており、単に山頂を目指すだけならその登山口まで車を進めれば、40分ほどで山頂に立てそうだった。尾根の雰囲気は良く、法沢山登山としてそれで十分に楽しめそうだったが、この日のように県境尾根を歩いて周回で登ることが出来るのも法沢山の魅力の一つと思えた。後は緩やかに続く林道を下れば、駐車地点に着けることになる。林道には季節がらワラビがよく目に付いた。それを眺めながらゆっくりと林道を歩いて行った。
(2009/5記)(2021/10改訂)
<登山日> 2009年5月5日 11:02分岐点スタート/11:22林道出合/11:33〜37林道終点/12:00県境尾根/12:14〜20駒返峠/13:33〜14:03山頂/14:32登山口/15:10エンド。
(天気) 薄曇り。ときおりうっすら陽射しが現れたが、それも次第に無くなる。歩き始めたときの気温は20℃。尾根に出ると涼しい風を受けた。駒返峠ではその風が強くなって涼し過ぎるぐらいだった。気温も18℃まで下がっていた。山頂は風がほどほどの弱さで気温も21℃と、休憩にはちょうど良かった。視界は空と同様にうっすらとしていた。
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奥小野集落を抜けると前方に法沢山が現れた 左の駒返峠方向に向かう林道を歩き始める 林道は程なく森の中へと入って行った
満開のタニウツギを見る フジの花があちらこちらで咲いていた 野道となって植林の中を続く
自然林が現れる 新緑がまぶしい 真新しい林道に合流する 林道から新緑の木立を見上げる
林道の急坂部はコンクリート舗装だった 林道は長くは続かず終わってしまった 林道そばの尾根に取り付いて、北へと登って行く
南東に県境尾根を望む 法沢山山頂が覗いている 自然林にクマザサが疎らに混じる尾根だった 県境尾根に出ると東に高竜寺ヶ岳が望まれた
県境尾根に出る クマザサは枯れかかっていた 駒返峠に着くと二体の石仏が出迎えてくれた 石仏の優しげな顔が印象的だった
駒返峠を越えて自然林の尾根を登って行く 一帯のクマザサはほぼ枯れていた 木立が疎らになったとき、前方に山頂が望まれた
イワカガミの群落をよく見るようになった クマザサに替わってアセビが育とうとしていた クマザサの消えた尾根を登る
ブナも現れた 新緑が見事な美しさだった 法沢山山頂が目前となった 法沢山山頂に着く 好展望の山頂だった

 東に高竜寺ヶ岳
 を見る

    高竜寺ヶ岳の左
    奥に見えるのは
    磯砂山かと思わ
    れる
      
山頂から西に豊岡盆地を望む 左の写真の来日岳を大きく見る

 上の写真で三川
 山の手前に見え
 る三開山を大き
 く見る

   山頂から北を見
   ると久美浜湾が
   望まれた
山頂で白い花を付ける木はアオダモのようだった 山頂はクマザサの痕跡も消えようとしていた 下山は登山道が付いている北西尾根を下った
北西尾根は始めにロープを伝っての急坂が続く この北西尾根でもブナの新緑を楽しめた  新緑に包まれての下りが続く
尾根が緩くなってきた 山頂から30分で登山口のある林道に下り着いた 後は林道をのんびりと下って行くだけだった