例年、新緑を迎える季節には、その山並みの美しさから一度は鳥取若桜の山を登ろうと考えるが、2009年は若桜町の西端、八頭町との町境尾根にある遠見山に向かうことにした。その遠見山に登山コースがあるのかを知らなかったが、「因幡郡家」の地図を見ると、山頂から北へとなだらかに尾根が延びており、その尾根を辿って行くのが一番無難ではと思えた。またその尾根への取り付きも、北西麓にある鍛冶屋集落から林道が尾根の近くまで付いているので、それをアプローチにすることにした。向かったのは4月最後の休日、昭和の日だった。朝からほとんど雲の見られない快晴の空が広がっていたが、幾分うっすらとした空の色だった。北へと向かうにつれ空の青さは少し濃さを増したが、澄んだ空とは言えず、山並みもうっすらとした見え方だった。但し新緑は萌えだしたその美しさを輝かそうとしているところで、その淡い緑の色が何とも目に優しかった。若桜町に入ると、若桜駅前の道の駅でひと休みをしてから、八頭町へと向かった。国道29号線を丹比駅前で離れて南へと折れ、山すそ道を走って鍛冶屋集落に入った。すぐに東へと真っ直ぐ向かう林道が見えたので、それがアプローチとして考えた林道ではと直感し、その林道を進む。地図の通りに林道は続いており、その林道が皆原集落からの林道と合流する地点に駐車とした。その駐車地点のそばにリンゴ園があり、ちょうど農薬散布が行われていた。その作業をしている人に遠見山のことを聞いてみた。その人はグループで前年に登ったとのこと。こちらが考えていた通りにその先に尾根への小径があり、尾根も無難に登って行けることを教えていただいた。また山名も「とおけんざん」が読みであることも教わった。支林道が駐車地点のそばから分かれて谷沿いを続いており、その林道を歩くことからスタートする。ぬかるみもある林道で、ほとんど車は通っていないようだった。そのぬかるみに鹿の足跡がたくさん付いていた。10分ほど歩くと林道は不確かになって、そこより尾根への小径が始まっていた。小径は尾根に立つ鉄塔への巡視路のようで、プラ階段になっていた。その小径の入口には大きな桜があり、その緑が鮮やかだった。尾根までの標高差は60mほどでしかなく、数分で尾根に出た。そこには二つの鉄塔がごく近い距離で建っており、ちょっと開けた場所だった。西に見える尾根に姿の良い山が見えたので、「因幡郡家」の地図を広げると、伊呂宇山と名があった。東は八東川に沿う尾根が間近に見えている。ここに立てば後は尾根なりに登って行くだけである。植林の中をはっきりとした小径の見えないままに登り出すと、尾根がはっきりとしてきて小径を辿れるようになった。周囲は自然林となったが、一帯はマッタケ山と標識があり、なるほどアカマツの木が多かった。その松葉が足下に積もっていた。尾根は適度な傾斜で続いており、また下生えも少なく良い感じで登って行けた。鄙な山が持つ自然な雰囲気が落ち着いた気分にさせてくれる。ただ展望は良いとは言えず、そのうちに現れるのではと期待しながらじっくり登って行く。尾根は自然林として続いていたが、足下にはイワカガミのピンクの花が点々と見られるようになった。尾根に出て30分ほど登ったときに、特にピークでも無い所に三角点(点名・島)が置かれていた。そこで小休憩した後、尾根歩きを続ける。木立の空いた所では強く陽射しを受けたが、木立に囲まれているとけっこう涼しかった。その雰囲気のままに登っていると、尾根が細ってきて露岩地が現れた。そこが尾根を歩き始めてから初めての展望地だった。東と西に展望があり、西は鉄塔の位置で見えていた伊呂宇山の尾根が更に広く眺められた。東は高度が上がった分だけ遠くまで見えるようになっており、扇ノ山から氷ノ山へと続く尾根がいくぶん木立に隠されながらも眺められた。この景色で遠見山の位置が実感出来ることになった。ここでも一休みして歩を進めると、尾根はまたごく普通に辿れるようになり、そしてイワカガミが一気に増えてきた。群落と呼べそうなほどで、踏まないように注意が必要だった。足下に注意を祓いながら、ピンクの花をずっと眺めながらの登りとなった。その尾根が標高を700mを越えたとき、突然のように展望地に出た。そこは尾根が少し南の方向に曲がる地点で、ちょっとしたピークになっていた。狭いながらも一帯は地表が現れており、先ほどの露岩地とは比較にならない素晴らしい展望が北に向かって広がっていた。視界を妨げるのは数本の木だけで、足下には旧八東町の市街地がすっきりと見えている。そしてその背後は山また山だった。遠くは氷ノ山までもちろん見えている。きっと多くの人がこの展望を楽しみに訪れているのではと思える素晴らしい展望だった。ただ少しうっすらとした視界になっていたのは残念だったが。ここで休憩を楽しもうかと考えたが、まだ11時を回ったばかりの時間だったので、山頂の様子をまずは見ようと先に進んだ。その展望ピークから先は、一気に尾根が緩やかになった。ただ少しクマザサが現れてきたようだった。そして足下には相変わらずイワカガミの群落が続く。ほぼ平坦な所もあって歩くのは楽になったと言えたが、アセビと思える灌木が小径を塞ぐことがあり、少しヤブっぽい感じにはなっていた。最後、山頂への登りは右に植林、左に自然林を見ながらだった。そして着いた山頂はクマザサが広がっており、周囲を植林と自然林が半々に占めていた。先ほどの展望ピークと比べると、ずいぶんマイナーな風景だった。少し辺りをうろついてみたが、木立の切れ目は無く、その木立を通して東山と鳴滝山がかろうじてと言った感じで眺められるだけだった。ところで山頂のクマザサはほぼ枯れかかっており、近いうちに消えて無くなりそうだった。どう見ても昼休憩は先ほどの展望ピークでするのが良さそうなので、山頂はほんのひとときを過ごしただけで引き上げた。展望ピークに戻ってきたときは12時過ぎと、昼休憩にはちょうど良い時間になっていた。陽射しは強かったが風は少しひんやりとしており、爽やかさは十分だった。その風が吹いているためか視界は午前よりいくぶん良くなっているようで、風景に少し陰影も現れていた。その伸びやかな展望を楽しみながらの昼食は、ちょっと贅沢な気分だった。それにしてもこの素晴らしい風景に、地元では少しは知られた遠見山ではと改めて思わされた。なお遠見山の山頂もその位置から比較的良く見えており、すっきりとした三角形で悪く無い姿だった。下山は登ってきた尾根を引き返すのみ。途中の露岩地で一息入れると、後は尾根なりにひたすら下って行く。そのまますんなりと二つの送電塔の建つ位置まで戻るものと思っていると、途中で周囲の風景が初めてであるような気がしてきた。また傾斜もいくぶんきついようだった。途中からはっきり急尾根となったところで、改めて地図を眺めると、朝に登った尾根の一つ西隣りの尾根を下っていると分かった。やはり下山は少し油断をすると尾根を誤りやすいと改めて思うことになった。ただそのまま下っても朝に歩いた支林道には下り着けるので、かまわず下って行くことにした。その支林道が間近になったとき、カヤトの広がる展望地に出た。右手にアカマツの並ぶ尾根は、朝に歩いた尾根だった。カヤトの原にはちらほらとワラビが覗いており、それを見ながら林道へと下り着いた。ぬかるみのある支林道を歩いて駐車地点へと戻るとき、素晴らしかった展望ピークが思い出され、やはり鳥取若桜の山はどの山にも味わいがあると、満足の思いに浸ることが出来た。
(2009/5記)(2012/5改訂)(2020/7改訂2) |