岡山県の北東部、鳥取県との県境が近くなって目を惹くのが那岐連山で、南麓を走る国道53号線から眺める那岐山、滝山、広戸仙と並ぶ姿は優美さがあり、岡山を代表する山岳風景の一つと言えそうだった。2010年は梅雨が明けると、連日猛暑が続いた。8月に入っても変わらなかった。猛暑のときは低山はけっこう厳しいので、千メートルを越える山が登山対象となってくる。連休が取れるのならアルプスなど遠くの山へ遠征となるのだが、日帰りで考えたときは、兵庫県内か、もしくは岡山県か鳥取県の兵庫県寄りの山となる。そこまで範囲を広げて考えたとき、久々に広戸仙に登ってみたくなった。登山道は整備されており、登山時間も手頃なので、真夏の季節でも無理無く登れそうだった。向かったのは8月に入っての最初の土曜日。少し雲の多い空だったが、青空は澄んでいた。中国道を美作ICで降りて、県道51号線を北上して行った。国道53号線が近づいて那岐連山が見えてくると、その上空は雲が広がっていた。しかも薄黒い雲で、那岐山の頂はその雲に隠されていた。国道53号線を走って広戸仙に近づくと、広戸仙の山頂にもガスがかかり出した。この日の山の天気は良くないのかと少し心配になったが、登山口の声ヶ乢に着くと、再び青空が戻っていたので一安心だった。車は広戸仙の登山口と言うか、むしろ山形仙の登山口と言える場所に2台分の駐車スペースがあったので、そこに止めることにした。車は他に峠の茶屋のそばに1台を見るだけだった。尾根コースを登り出す。このコースは階段状に整備された遊歩道で続いていた。始めは風が無く陽射しを受けながらのため、けっこう暑さを感じたが、登るほどに風を受けるようになった。また木陰を歩くことが多くなってきた。登山道は階段の部分だけでなく自然な山道もあり、雰囲気は悪く無かった。この尾根コースは1999年の登山でも歩いているのだが、そのときと比べると登山道に落ち着きが出てきたように思われた。振り返ると、西向かいの山形仙が見えていた。登山道はこの10年の間に整備が進められたようで、尾根には三つの展望所が作られていた。その最初の展望所の第1展望所に30分ほどで着いた。そこには涼しい風が通っており、東屋がちょうど良い日陰になっていた。なるほど展望が良く、南は日本原、西に山形仙が間近く望まれた。尾根歩きを続ける。登山道はずっと緩やかに続いており、真夏の登山としては無理無く登って行けた。涼しい風を絶えず受けられたのも良かった。始めは気温は28℃ほどあったが、登るほどに下がって、木陰の涼しい所では25℃になっていた。第2展望所は一段と涼しい風があり、そこでも一休み。その第2展望所を離れた頃より周囲の木々が小さくなって、前方が望めるようになってきた。そこに見えていたのは滝山と那岐山の山頂で、手前の大きな尾根は広戸仙の南東尾根のようだった。空が広く見えるようになっており、その空は青く澄んでいた。前方に第3展望所の見える位置まで来たとき、コースを僅かに北に離れた位置に、展望場所があった。それまでは主に南の展望だったが、そこからは西から北へと高峰群が一望だった。泉山の右手に一段と高い山がうっすらと見えていたが、大山のようで、その上空に巨大な入道雲が湧いていた。東は広戸仙の山頂が間近だった。この広戸仙の尾根コースは、展望には不自由しないようだった。第3展望所へは20mほど下って上り返すことになった。その第3展望所のそばに三等三角点が置かれていた。説明板が立っており、爪ヶ城跡と書かれていた。城跡と言っても砦程度のものだったようである。古いガイドブックでは山頂は広戸仙では無く爪ヶ城とされていたが、どうやら三角点の位置が点名のままに爪ヶ城のようで、山頂はあくまでも広戸仙と呼ぶのが正しいようだった。その三角点の位置から北へと5分も歩かぬ距離が山頂だった。一番高い位置は狭い岩場になっていたが、その少し北寄りが適度な広さとなっており、広戸仙の山名標柱が立っていた。またベンチも置かれていた。但しそこは陽射しを強く受けていたので、そこより少し東寄り、滝山への縦走路を十メートルほど歩いた辺りの木陰で休憩とする。山頂は岩場の位置こそ少し展望があったが、木々に囲まれていると言って良く、ひたすら休むことに徹した。シートを敷いた木陰の位置は涼しい風も通っており、手早く昼食を済ますと、後はもっぱら横になって昼寝と決め込んだ。この日の広戸仙は静かなもので、第3展望所で下山してくる一人とすれ違っただけで、後は誰と会うことも無くパートナーと共にひたすらリラックスして過ごすことが出来た。一時間ばかりの昼寝を楽しんだ後、山頂を離れることにしたが、まだ12時を少し過ぎた時間だった。下山は南東尾根コースを下った。第3展望所まで戻ると、そこから声ヶ乢への尾根コースと分かれて南東尾根コースが始まった。こちらも歩き易い道になっており、始めこそ東に展望があったが、後は樹林に囲まれた道が続いた。一度尾根が緩やかになると、そこが矢櫃城跡だった。そこは標高910mで、城跡と言っても細長い平坦地として見えるだけだった。説明板によると広戸氏の居城があったと書かれており、岡山県下では一番高い位置にあった山城のようだった。その先を真っ直ぐ下って行くと、上り坂があり小さなピークに出た。そこが甲山の名が付いた標高777mのピークで、振り返ると広戸仙の尾根が一望出来た。兜神社跡のそばを通ってジグザグに斜面を下ると植林地に入り、その先で金山林道に下り着いた。後は舗装された林道を西へと、峠の茶屋まで歩いて行くだけだった。ただ林道は下り坂では無く、始めは緩やかながらずっと上り坂で続いた。上空を見ると雲が増えており、おかげで陽射しを受けることは無く、林道の上でも涼しく歩けた。林道の途中に東屋があり、そのそばにはハングライダーの発射台(ランチャー)があった。その位置から漸く林道は下り坂となった。下るうちに現れたのが愛宕滝で、滝のそばには滝見台もあって、暫し滝を見て涼をとった。そこを過ぎると林道終点の峠の茶屋までは1kmほどの距離で、ほぼ平坦な舗装路をひたすら西へと歩いた。峠の茶屋に着くと、そこから僅かに登った位置が車を止めている声ヶ乢だった。千メートル峰と言えども真夏どきなのである程度の暑さを覚悟していたのだが、涼しい風もあってかあまり暑さも感じず、けっこう良い感じでのハイキングが出来たようだった。また人とはほとんど会わずに、何とも静かに楽しめたのも良かった。
(2010/9記)(2021/8改訂) |