2009年4月に入って最後の残雪の山を考えたとき、自然と氷ノ山が思い浮かんできた。その氷ノ山の登山口までは姫路からだと2時間ほどの距離となる。同じ2時間を高速道に当てはめると、大山までも同じ時間で行けるのではと思えたとき、大山も悪くないと思えてきた。大山の無難なコースは夏道コースとなるが、無雪期はその単調さにあまり興味は湧かないのだが、残雪期の登山は過去に一度経験しており、雪を登る楽しさと意外と登り易かったことが思い出されてきた。ちょうど高速道が千円でどこまでも走れると言う前代未聞の制度が始まっており、費用の点で問題無いとなると、同じ残雪の山として氷ノ山よりも久々に大山を登るのも悪くないと、一気に考えが変わった。そうと決めたのが10日金曜日の夜のことで、翌日早速実行とした。
11日は朝から快晴の空だった。幾分モヤがかってうっすらとしていやが、それも春らしいと言えそうだった。中国道を山崎ICから入ると、やはり車は多いようだった。市街地の高速と比べると十分に空いているのだが、前後に常に車を見るのは中国道としてはゴールデンウィークに匹敵するのではと思われた。朝食をとろうと勝央SAに入ると、駐車場は八割方埋まっていた。ほとんどが乗用車だった。米子道に入るとそちらに向かう車は少ないのか、あまり車は見なくなった。そしてトイレ休憩で蒜山SAに入って見えたのが大山だった。まだまだ白い姿をしており、その圧倒的な迫力は百名山としての風格を十分に備えていた。蒜山SAから更に北に向かうにつれ大山は大きくなり、そして西から眺めるようになると、伯耆富士の名の通りに両裾を長く引いた富士山型の姿に変わってきた。ただその西面を見ると、雪はずいぶんと少なく、山襞に見られるだけだった。米子道を溝口ICで下りて、県道45号線を真っ直ぐ大山へと向かう。車道は次第に高度を上げて桝水高原から大山の裾野を巡る大山道に入った。道そばには雪のかけらも見られなかった。大山寺が近づいて夏道コース登山口が現れると、その先が南光河原駐車場だった。時間は9時を少し回っていた。駐車場は冬期は千円の駐車料金を取るが、4月からは無料になっていた。その駐車場は40台以上の車があり、ほぼ満車状態で一番奥に数台の駐車スペースが残るだけだった。そこに車を止めて出発準備とする。この大山のためにアイゼンとスパッツを用意していたが、辺りに雪は無いためザックの中に入れて歩き出した。登山口にこそ雪が残っていたが、登山道には全く無かった。主道に合流すると舗装階段となり、参道の雰囲気だった。気温は18℃と高めで、登っているうちにじんわりと汗が出てきた。前後にぽつりぽつりと登山者を見たが、誰も冬靴を履いていなかった。15分ほど歩いて一合目の標識が現れた。その先も地道ながら階段状で緩やかに登山道は続いた。無理なく登れたが、やはり単調さは否めなかった。次第に周囲は自然林の森へと変わったが、登山道が階段道になっていることに変わりなかった。これだけしっかり補強しないと、多くの登山者に耐えられないと言うことだろう。ずっと雪を見ないまま登っていると、大山で雪は期待出来ないのではと錯覚を覚えたが、四合目を過ぎた頃より雪がちらほら見え出した。程なく登山道を隠し出す。良く踏まれたトレースが付いているため、登るのはスムーズだった。五合目辺りで雪は一度消えたが、その先でまた現れると一気に増えてきた。登山道の傾斜が増してきてときおり靴底が滑ったが、六合目まではと両ストックを支えに登り続けた。六合目が近づくと左手に三鈷西壁が現れた。その先は剣ヶ峰へと続いているが、尾根はまだまだ白く、尾根の荒々しさを強調していた。振り返ると孝霊山がずいぶん低く見えている。六合目に着いてスパッツとアイゼンを付ける。他の登山者も何人かはここで付けていた。下山者も現れ出していたが、その足下はアイゼンを付けていたり付けていなかったりで、有れば便利程度と言えそうだった。アイゼンを付けたことで、足下に注意を払わず登って行けることになった。六合目から先は登山道の傾斜は更に増したが、両ストックとアイゼンとでガッシ、ガッシと登って行く。左手は常に三鈷峰から剣ヶ峰へと続く尾根が見えており、雪道を登る楽しさと相まって大山を登っていることを実感出来る所だった。気温は少し下がって16℃ほどになっていたが、強い陽射しに汗をかきながらの登りだった。ときおり足を止めてパートナーが追いつくのを待った。その雪の登りも八合目を過ぎると、陽射しを強く受けるためか雪の消えた所が現れた。そして雪がまた道を隠す。それを三度ほど繰り返すと急坂を登りきることになった。その先は弥山山頂へと木道が始まっていた。もう緩やかな木道を歩くだけなのでアイゼンを外した。その木道も雪に隠された所があったが、トレースがきれいに付いており、夏道の歩き易さと変わらない。避難小屋には立ち寄らず、真っ直ぐ弥山山頂へと向かった。山頂には10人ほどのハイカーが休んでおり、まずまずの賑わいを見せていた。山頂には休憩場所として木製のひな壇が作られており、その一隅で休憩とする。歩き始めてから2時間と手頃な時間で登れたこともあり、あまり疲れは感じなかった。むしろあっさり山頂に着いたことで、いくぶん物足りなさが感じられたが、まずは山頂展望を楽しむことにした。北西の弓ヶ浜の方向はモヤが強いためにうっすらとしか見えていなかったが、東に見る大山の最高点、剣ヶ峰はやはり迫力があった。地肌も見えていたがまだまだ雪を纏っており、その鋭い姿に似合っていた。それにしても大山の南面は急斜面になっており、その崩壊はすさまじいとしか言いようが無かった。暫くはじっとその風景を眺めていたが、剣ヶ峰を見つめるうちに良からぬ考えが浮かんできた。それは剣ヶ峰に立つことだった。危険は百も承知だったが、風が弱く吹くだけの好条件に行けそうに思えてきた。その考えをパートナーに伝えると、さすがに拒否されてしまった。そうなれば一人で向かうだけだった。ロープを越えて弥山山頂を離れた。とにかく慎重第一である。雪の上にはこの日に歩かれた足跡が付いていたが、それを特に意識せず一番無難な位置を見極めながら進んだ。初めのうちは南面側に入らぬように注意しておれば良かったが、中ほどが近づくと俄然危険になってきた。北面側も崩壊地となって一気に切れ落ちている。痩せ尾根を一歩一歩どこを歩くかを考えながら歩いて行く。北面からも南面からも絶えずガラガラと岩の転げ落ちる音がしていた。これはかなりの危険度と言えたが、その先で猛烈に危険な所が現れた。極度の痩せ尾根になっており、一番細い所は足幅ほどしかなかった。そして両側は一気に数百メートル切れ落ちている。そこを歩くのは何とも無謀と言えそうだったが、バランスさえとればと恐怖心を押さえて進む。その超痩せ尾根は距離にして5メートルほどだったが、そこを過ぎて安心とはいかず、その先は急斜面に細いロープが1本有るだけだった。手を滑らせば確実に死ぬことになる。とにかくロープを絶対手放さずと登ったが、足下も不安定で、緩んだ岩が音を立てて落ちて行った。その超危険地帯を過ぎれば多少の危ない所も何となく普通に見えてしまったが、慎重さは失わないように歩を進めると、剣ヶ峰山頂が近づいて来た。二人の先行者が見えていた。剣ヶ峰が間近になると単に雪の上を歩くだけとなり、穏やかな雰囲気となって剣ヶ峰山頂に着いた。そこには四名の先着者が立っていたが、どの顔も安堵の色を浮かべていた。ようやく着いた剣ヶ峰で目に飛び込んできたのは弥山以上に素晴らしい展望だった。弥山はその山頂に立っているときは優しげな風貌だったが、剣ヶ峰から見ると峨々として力強い姿だった。そして三鈷峰へと続く尾根だけでなく、槍ヶ峰をピークとした槍尾根はアルペン的な姿がよりいっそう強かった。その360度の眺望にこの剣ヶ峰に立って良かったとしみじみと思わされた。その剣ヶ峰からはユートピア小屋方向へと歩きたい更なる誘惑にかられたが、そちらに向かうとはパートナーに伝えていなかったので、引き返すしかなかった。そうなるともう一度恐怖の痩せ尾根を歩くことになるが、これは仕方がない。ただ一度歩いて様子が分かったことで、意外と落ち着いて戻って行けた。戻る方向でのロープ場は下ることになって危険度は更に上がったが、足をとにかく滑らせないようにと下った。そして次の超痩せ尾根を越せばとその足幅分しかない尾根を歩き出したとき、心底怖い思いをした。それは急に風が出たことで、砂が吹き上げられてきたのだった。砂粒に目を開けられないのは想定外としか言いようが無く、薄目で何とか足下を見て渡りきったが、これ以上の風だと到底歩ける所では無いと、身を持って知る思いだった。後の危険な所では恐怖心が麻痺したというか、歩くことだけに考えが向いて、ごく普通に歩いてしまい、結局は超痩せ尾根だけが強い印象となって弥山に戻り着いた。その弥山ではハイカーのにこやかな姿があり、談笑が聞こえていた。そしてパートナーはのんびりと日向ぼっこをしていた。先ほどまでの厳しい世界と目の前ののどかさのギャップに何とも呆然とする思いだった。下山は往路として登った夏道コースを戻る。弥山の山頂は賑わいがあると言っても残雪期なので、大山にしては少ない人と言えそうで、木道でのすれ違いもほとんど無く、登山としてはごくスムーズだった。その下山でもアイゼンを使ったが、十本爪アイゼンを持ってきていたので、急斜面下りではかかとのツメが使えたおかげで一気に下って行けた。やはり備えあれば憂い無しと思っていると、六合目付近で異な光景を見た。それは登山者と思え得ぬ男性がズック靴で登る姿だった。他にもハンドバックを肩に提げた女性が簡単なブーツで登っていた。どうやら観光ついでに勢いのままに登っているようだった。それも有名山のなせる仕業だろうか。五合目手前で雪が消えてアイゼンを外すと、後はまた単調さのある階段道の下りだった。ただ剣ヶ峰登山の強烈な印象がまだ頭の中を駆けめぐっており、歩きながらもその風景を思い出したりしていると、さほど退屈とも感じなかった。その頃には前後に人影は無く、ごく静かな下りだった。また午後の光で見るブナ林の佇まいも悪くなかった。おかげでさほど長くも感じず登山口に戻り着いた。久々の大山だったが、強烈な剣ヶ峰の印象に大山の素晴らしさを改めて知った思いで帰路についた。
(2009/4記)(2013/4改訂)(2018/8写真改訂) |